催眠療法の感想2

催眠療法を受けて頂いた方からの感想です。

喜びの感想をたくさん頂いています。

ありがとうございます。

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先日は、催眠療法に参加させていただきありがとうございました。

今回の催眠療法への参加に当たっては、山崎靖子先生にも申し上げたとおり、何かしら行動しよう(体を動かそう)と私自身が頭で思っていることと、実際の体自体の動きが揃っていないという、何かブレーキをかけている(先生は同時にアクセルを踏んでいるのではないかとおっしゃっておりましたが)、その感覚がいつの頃からか生じていることに対する不快感の解消が図れないかの期待がありました。

また、さらに、なんだか分からない不安というか、常にさまよっているような中途半端さをいつも自分自身の中に抱えており、こうした中で、まあこれでもいいかという思いと、何とかしなければ、いつもの繰り返しだといった気持ちが心の中でせめぎあっていることが何とか払拭できないかとの期待もございました。

こうした不安・不快感の解消のため、そして自分自身を取り戻せるひとつの方策になるのではないかと、ふと自己催眠を思いつくことに至り、ラディアンスにご厄介になることに至りました。

また、私の身の回りで精神的に苦しい思いをしている人が少なからずおり、そうした人への救いの道のなにかしらの手がかりになるのではないかとの気持ちもありました。

実際に、参加させていただくにおいては、説明会でもお話のあったとおり、従来、一般的なイメージである催眠とは随分異なっており、その余りの違いに、そして普段の生活の中ではほとんど想像したことのない催眠というものに触れて、自分自身のなかで理解が追いついていかないことに直面しました。

まず、1日目に先生からの説明の後に、今興味を持っている趣味のこと、友人のことなどを催眠のなかでイメージすることを行ったわけですが、なかなかそのイメージ自体が出てきませんでした。主体的に取り組まないと催眠は行うことができないというご指導のもとに、何とかイメージしてみようとやってみたものの、納得できるような状態になりませんでした。しかしながら、今までに体験したことのない、雲を掴むようなことへの挑戦が自分のなかでは、逆に新鮮であり、興味を強く感じておりました。

さらに、1日目の午後からは、本格的な年齢退行催眠が開始され、山崎靖子先生が誘導されたこともあり、また、自分自身も主体的にというか、催眠の流れにのってみようとの気持ちをもって受けることで、なんだか催眠の触りだけでも感じることができるようになりました。その催眠の際に、口から出た言葉は、ふと浮かんだもの、ふと思いついたものではありますが、自分自身の感情の高まりが付随して出てきたため、思わず涙が出てしまいました。催眠が終了した後には、ぐったりと、体とともに気持ちが疲れて果て、その衝撃度が言葉や普段使っている頭のなかでのものでなく、心の奥底から突き動かされているような感じでした。

口から出た言葉は、普段の生活の中でもなんとなく心に浮かび、考え、気にしているような事柄ではありましたが、明確に意識の中には出てこないようなものだったと言えるように思います。そうした事柄を、先生の誘導もあって、イメージの中とはいえ直面することは、かなり辛いことでありました。

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